ピティナ音楽研究所

2022年度 研究の展望(甲斐万里子氏)

研究テーマ
ピアニストの独創性を支える「よく考えられた練習」の実態解明
概要

 本研究は、ピアニストを対象に、表現を生み出す過程の変化に着目して熟達化の構造を解明しようとするものである。半構造化インタビューを通して、熟達化に必須とされる「よく考えられた練習」が、いかにして実現、促進するのかを検討する。表現を生み出す過程とそれらの変化に着目し、熟達化の構造を捉え、モデル化する。

 心理学や認知科学の分野の研究の多くは、実験による比較から、熟達者に特有の知識や技能を明らかにしてきた。大浦(2000)は、熟達者のみが楽譜に明示的に記されていない課題を見出す「熟考性」を備え、その「熟考性」が独創的な表現の実現を促すと述べる。また、高橋(2006)は、熟達したピアニストの方が「自動化した技能」を用いる程度が高いことで、最適な身体の使い方を一層早い段階で予測し、実行に移せると論じている。これらの知見は、Ericsson(1993)らが示した「よく考えられた練習(deliberate practice )」の一部を明らかにしたものと見ることができるが、どうすればその域に到達できるのかという過程の詳細な検討には至っていない。

 テニスやフィギュアスケートといったスポーツ選手や医師、宇宙飛行士等を対象とした研究では、一流として活躍するプロの熟達化の構造解明が進んでおり(Ericsson 2009、竹村 2017)、国際的な人材開発や支援に応用されつつある。他方、演奏分野の場合には、前述の通り、未だ研鑽の過程や表現の変化にまで迫った研究はほとんどない。なんらかの熟達者になるまでに概ね10年の研鑽を要するとする「10年ルール」(Ericsson 1996)が今日まで熟達化研究の主な枠組みとして語られるが、3歳や4歳といった幼少期から研鑽を積み始めるクラシック音楽の演奏の場合には、このルールで熟達化の時間的スパンを十分に捉えられているとは言い難い。「10年ルール」を超えた構造を解明することで、次世代の演奏家の育成やキャリア支援の面にも有益な示唆を得ることができる。

2022年度の目標

 2022年度は、プロのピアニスト15名を対象に、「よく考えられた練習」のモデルを作成し、次年度実施予定の質問紙調査のための質問項目作成までを到達目標とする。定期的に演奏活動を行うピアニスト15名それぞれに対して、半構造化インタビュー調査を行う。1人で西洋芸術音楽の楽曲をまとめ上げる過程での思考や練習内容を聞き取ることで、「よく考えられた練習」における対象者間での共通点や相違点を明らかにする。

 手続きは、大きく年度の前半と後半に分かれる。2022年度の前半は、これまでの研究で得たデータから、質問項目の作成およびインタビュー調査の対象者の選定を行う。後半は、半構造化インタビュー調査を行う。

 15名へのインタビュー調査を通して得たデータは、逐語録に起こし、KJ法で分析し、仮説モデルを作成する。ここまでの調査で得た知見は学会誌に投稿する予定である。2022年度末には、仮説モデルを基に、次年度実施を目指す大規模調査に向けた質問項目を作成する。

この研究に関連する自身の業績一覧
主な論文
  • 甲斐万里子(2016)「ピアニストの熟達化過程―省察内容、演奏表現、レッスンに着目した縦断的な検討を通して―」東京藝術大学大学院博士論文.
  • 甲斐万里子(2016)「熟達化過程にあるピアニストの熟考性と自動化の関係-練習時の設定課題の変化に着目して-」『音楽教育研究ジャーナル』第46号、pp. 1-13.
関連する口頭発表・ポスター発表・招待講演
  • 甲斐万里子・塚原健太・千葉修平・高橋潤子(2017)「常任理事会企画プロジェクト研究Ⅱ:若手研究者が考える音楽教育学の今後(第2年次)―研究方法論の追求から学と学会の在り方を見通す―」第48回日本音楽教育学会パネル発表.
  • Mariko Kai (2017)"Perspectives and Abilities for Improving Piano Performance" 11th. Asia Pacific Symposium for Music Education Research (ポスター発表、査読有)
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