ピティナ音楽研究所

2022年度 研究の展望(石川裕貴氏)

研究テーマ
ピアノ教育における音楽の〈形式〉に寄り添う言葉の在り方
概要

 本研究は,ピアノ教育における言葉の在り方について,ポスト構造主義者のJ.デリダやS.ソンタグの思想とピアノレッスンの実践を往還しつつ,検討することを目的とする。

 音楽においてイメージや感情が重視されるようになったのは,18世紀頃のことである。バッハの受難曲では,キリストの苦悩や悲しみが音楽として表現されている。それは,キリストもまた「我々と同じように感じ,考える」という人間観なしには成し得なかったものであろう。そういった感性がロマン派音楽で更に拡張され,「音楽とは一義的に情動にかかわるものであるという信念が普遍的原理となり,ジャーナリズムにおいてのみならず,音楽心理学などの学問や音楽療法の形成にまでかかわっていたりする。」(若尾 2017,p.19)

 このことは,学校現場での音楽教育においても同様であり,「心の中に思い描く全体的な印象」や「喚起された自己のイメージや感情」を音楽活動の拠り所としている(文部科学省 2018)。また,ピアノ教育においても,筆者はピアノ講師から「ここは天使が囁くように」「ここは悲しい感じで」等,イメージや感情に偏ったレッスンを受けていた。このような言葉の扱われ方は,鳴り響く音楽ではなく,音楽から派生したイメージや感情に価値を置くこととなる。果たして,そこに鳴り響く事象としての音楽は存在しているのだろうか。

 そこで,イメージや感情を強調するあまり,音楽の艶や肌理が喪失しているのではないかという問題意識のもと,ピアノ教育に求められる言葉の在り方について検討する。具体的には,まず音楽と言葉の関係性について,「音」の起源をもとに捉え直すとともに,デリダ(2005)の〈脱構築〉やソンタグ(1996)の〈反解釈〉の思想を読み解き,哲学的に検討する。そして,実際のピアノレッスンの参与観察やピアノ講師へのインタヴュー調査を行い,どのような言葉を用いることでピアノ演奏にどのような結果や課題が生じるのか分析する。デリダやソンタグの思想をもとに,分析結果を哲学的に読み解き,ピアノ教育における言葉の在り方を検証する。

引用・参考文献
  • ソンタグ,S.(1996)『反解釈』高橋康也,出淵博他訳,筑摩書房
  • デリダ,J.(2005)『声と現象』林好雄訳,ちくま学芸文庫
  • 文部科学省(2018)『中学校学習指導要領(平成29年度告示)解説 音楽編』教育芸術社
  • 若尾裕(2017)『サスティナブル・ミュージック:これからの持続可能な音楽のあり方』アルテスパブリッシング
2022年度の目標

 今年度は,ピアノレッスンの参与観察やインタヴュー調査の実施に向けて,音楽と言葉の関係性について,文献調査により哲学的に検討していくとともに,参与観察およびインタヴュー調査の検証方法の精査を行う。

 研究業績②では,ソンタグの思想を援用し,ロゴス中心主義となっている音楽の在り方を批判的に分析した。そして,研究業績⑥では,鳴り響く音楽に寄り添う語彙を探求するために,ソンタグの思想を視座として,学校現場での授業実践の分析を行った。また,研究業績③および研究業績④では,デカルトからフッサールに至るまでの思想を批判し〈脱構築〉していくデリダの思想を,音楽教育にどのように援用できるか分析した。そして,研究業績①および研究業績⑤では,デリダの思想を視座として,学校現場での授業実践の分析を行った。

 これらの研究業績から,1)鳴り響く音楽の〈形式〉が,イメージや感情による〈内容〉によって軽視されるということ,2)イメージや感情による言葉の置き換え行為は,鳴り響く音楽から派生した二次的生産物であり,音楽の艶や肌理の喪失を助長してしまうということが明らかとなった。そして,学校現場での音楽教育において,音楽の〈形式〉に寄り添うための言語活動を充実させるべきである,との結論を得た。この結論をピアノ教育に適応させ,音楽を喪失させないピアノ教育の在り方を追求することが,本研究のねらいである。

 音楽の〈形式〉に寄り添うピアノ教育を実践していくために,今年度までに到達させたい目標は,次の通りである。第一に,ソンタグとデリダの思想にどのような共通項があり,ピアノ教育へどのように援用することができるのか,哲学的に検討することである。第二に,検討した結果をもとに,対象者や楽曲,レッスン期間,指導の仕方等,どのようなピアノレッスンの実践を行い,どのような参与観察やインタヴュー調査を実施するか,検証方法を精査することである。そして,その検討,精査をもとに,来年度は実際に参与観察やインタヴュー調査を行い,ピアノ教育における言葉の在り方を明らかにしていく。

この研究に関連する自身の業績一覧
学術論文,研究報告書,特許,著書等の名称 単著,共著の別 発行又は発表の年月 発行所,発表雑誌等又は発表学会等の名称
学術論文
1 "A Participant Observation in "Language Activities" :From the Perspective of "Against Interpretation" 単著 R3・9 the 13th Asia-Pacific Symposium for Music Education Research pp.294-300(査読有)
口頭発表
2 音楽の〈サブ・テクスト〉について:スーザン・ソンタグの『反解釈』を切り口として 単著 H30・10 日本音楽教育学会第49回大会
3 音楽教育における言語の在り方:デリダのフッサール現象学批判を切り口として 単著 H31・2 平成30年度日本音楽教育学会東北地区例会
4 音楽教育の〈脱構築〉:デリダのフッサール現象学批判を切り口として 単著 H31・10 日本音楽教育学会第50回大会
5 "A Participant Observation in "Language Activities" :From the Perspective of "Against Interpretation"" 単著 R3・9 the 13th Asia-Pacific Symposium for Music
ポスター発表
6 "On the Separation of Form and Content in Music Education" 単著 H31・7 the 12th Asia-Pacific Symposium for Music Education Research
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