研究レポート: ラウンドテーブル「友愛と歓待:歴史都市における共生の射程」に参加して(1/4) 上田泰史
- サントリー研究助成2024年度共同研究「「歓待インフラストラクチャー」から読み解く近世ヨーロッパ都市文化=空間構造の比較研究」(研究代表者:坂野正則)
- 都市史学会ワーキング・グループ「都市における文化=空間構造から捉える全体史」(文化=空間構造論WG)
12月22日の午後、東京都文京区音羽に位置する鳩山会館で「歓待インフラストラクチャー」研究東京ラウンドテーブル「友愛と歓待:歴史都市における共生の射程」が開催されました。
日頃から音楽に触れていると、なぜ音楽を奏で、研究するのかについて改めて考えることは少ないものです。「なぜ研究をしているの?」と問われると、「面白いからやっているんですよ!」と答えるだけかもしれません。しかし、細分化が進む現代の研究活動においては、他領域への関心や他領域からの理解に対して無関心になりがちです。あるいは、専門化されすぎた環境では、その機会が限られているとも言えるでしょう。それゆえに、他分野との対話は、研究者が視野を広げる上でとても大切です。
音楽とフランス語の教育・研究に勤しむ筆者も、2024年度は自分の専門の仕事で手一杯の日々を送っていました。11月のある日、上智大学文学部史学科の坂野正則先生から突然、ラウンドテーブルへのお誘いを頂きました。ラウンドテーブルとは、専門家を中心とする参加者がそれぞれに知見を述べ議論する形式の催しです。そのお誘いは、筆者にとって少し驚きでした。というのも、ラウンドテーブルのテーマが音楽ではなく、「友愛と歓待」だったからです(フライヤーはこちら)。このように、学問的主題として「歓待」が取り上げられ、そこに音楽を位置づけるのは、筆者にとって、とても新鮮な経験でした。
このラウンドテーブルは、坂野先生がサントリー学術財団の助成に基づいて京都工芸繊維大学の赤松加寿江先生(イタリア近世都市史)、工学院大学の中島智章先生(建築史)とともに行っている「歓待インフラストラクチャー」研究の一環として企画されました。ここでのインフラとは、土木や建築に限らず、技術や人的組織など社会活動を支える基盤全般を指します。ピティナのような全国的なピアノ指導者組織も、音楽教育インフラの一つと捉えることができるでしょう。歓待、つまり「おもてなし」は、古くから重要な社会活動として人々の共生を支えてきました。個人的交友から外交に至るまで、その役割は広範囲に及びます。なぜ歓待が共生において大切なのでしょうか。専門的な表現を借りると、歓待空間とは「外部世界の社会的序列、政治的利害、党派的対立から一旦離脱させ、同質の価値観・美徳・趣味といった感性を共有する」(フライヤーより引用)ことを可能にしてくれるからです。このように「歓待」を社会インフラとして捉える視点で筆者自身の研究を見つめ直すと、どのように見えてくるのか、俄然、興味が湧いてきました。
「歓待インフラ」という観点で自分の研究を振り返ると、筆者自身の音楽サロン研究が、実はこの概念の枠組みにピタリと合致していたことに気づきます。『パリのサロンと音楽家たち』(カワイ出版、2018)を出版した際、主な関心は七月王政期のパリの音楽社交生活を描くこと、そしてその中でパリ音楽院教授ジョゼフ・ヅィメルマンのサロンを浮かび上がらせることにありました。彼のサロンは詩人や音楽家など、当時の名だたる名士が集う場であり、その存在自体がこの時代の音楽的趣味を形成する重要な役目を担っていました。
今改めて「歓待」という視座からヅィメルマン家での音楽活動を見つめ直すと、それが都市の重要な歓待インフラの一つとしての役割を担っていたことに気づきます。才能のある芸術家たちは、単独で存在するだけでは時流を形成できません。芸術家を集わせ、議論し、発想や主題を共有する場所が時代の芸術的潮流を形成するのです。『パリのサロンと音楽家たち』の出版後、この書籍はやや話題が個別的すぎるかもしれない、と思っていましたが、今回のラウンドテーブルは、「歓待インフラ研究」として理解し直すよい機会となりました。
この学術イベントは、登壇者よりも先に会場を決めるというユニークな形式をとっています。今回の会場に選ばれたのは、元総理大臣、鳩山一郎(1883~1959)の邸宅であった鳩山会館です。この選定には、「友愛と歓待」というテーマが関係しています。
鳩山一郎はフリーメイソンの会員として知られ、友愛の理念を掲げた政治家でした。その邸宅は、同時代の多くの政治家や賓客が集った場所であり、まさに「友愛と歓待」を象徴する空間といえます。1924年に竣工したこの歴史的建造物は、日本の政治史において歴史的に重要な「歓待インフラ」としての役割を果たしてきました。ラウンドテーブルは、この館の象徴的な空間である2階大広間で開催され、その意義を際立たせる場となりました。



京都大学大学院人間・環境学研究科准教授。ピティナ音楽研究所 上級研究員、ピティナ・ピアノ曲事典共同編集長。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程修了後、パリ国立音楽院ピアノ科における教育(1841〜1889)についての研究で博士号を取得。パリ第4大学で19世紀フランスのピアノ教授P.J.G. ヅィメルマンに関する研究で同大学で博士号を取得(満場一致)。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。著書に『「チェルニー30番の秘密」ーー練習曲は進化する』(春秋社、2017年)、『パリのサロンと音楽家たちーー19世紀のサロンへの招待』(カワイ出版、2018年)。日本音楽学会、地中海学会会員、フランス音楽研究所(IReMus)在外通信員、一般社団法人全日本ピアノ指導者協会評議員。