ピティナ音楽研究所

チェルニーに学ぶ!第18回 『第六章:ポプリについて』~紹介と簡単な分析(Op. 200⑬)

チェルニーに学ぶ!古典・ロマン派時代のピアノ即興演奏
~創造の楽しさを日々の練習に~
第18回『第六章:ポプリについて』〈ポプリとしてのファンタジア〉の紹介と簡単な分析(Op.200⑬)

みなさま。こんにちは。
さて、今回もチェルニーのピアノ教則本『ピアノで弾くファンタジーへの体系的手引き Systematische Anleitung zum Fantasieren auf dem Pianoforte Op.200』(n.d. [1829])の続き、ではなく、今回は前回に読んだ第六章「ポプリについて」の中に掲載されていた目玉商品の楽曲〈ポプリとしてのファンタジア〉について、ご紹介していきたいと思います。

始める前に、この〈ポプリとしてのファンタジア〉を演奏する機会があるので宣伝させていただきます!12月24日(水)のピティナ・ピアノ曲事典 公開録音コンサートにて、〈ポプリとしてのファンタジア〉を、ポプリの元ネタとなった原曲をご紹介しつつ、一部抜粋してお届けします。詳細は下記リンクをご覧ください。

さて、話を戻します。そもそもポプリとは、民謡やオペラ・アリアなど、当時の聴衆のお馴染みの旋律を組み合わせたエンタメ性の強いメドレーでした。19世紀はまさにポプリというジャンルの黄金期で、本当にたくさんのメドレーが作られました。しかし、エンタメ性・娯楽性の高いジャンルはソナタなどより芸術性の高いジャンルより低く見られた、という19世紀の価値観の延長線上に現代のコンサート音楽文化がある、そして現代の音楽教育もどちらかというとそういった芸術性の高いジャンル(過去の大作曲家による名曲)を学ぶ、という指向性が強い傾向にあるため、特にピアノ音楽においてポプリ、というジャンルの再評価はまだまだこれから…というのが実情ではないでしょうか?(リコーダー奏者・音楽学研究者としてのアウトサイダー的視点)

チェルニーの〈ポプリとしてのファンタジア〉には、このような説明が付されていました:

以下の例では、私は自らに次の課題を設定した:J.S.バッハ、ヘンデル、グルック、ハイドン、モーツァルト、ケルビーニ、ベートーヴェンという各巨匠の動機を織り交ぜること。紙幅の都合上、必要な(主題・動機の)展開を尽くすことは叶わないが、この例はそれでもなお、特に上記の助言に従って自らさらなる労作を試みる学生にとって、おおよそのモデルとして役立つだろう。

この曲は、ページ数にして16ページ、通しで演奏すると12分を超える大曲となっており、先述の通り7人の作曲家の楽曲を組み合わせた技巧的なメドレーとなっています。それでは、順を追ってこの楽曲を見ていきましょう。全体は8つのセクションから構成されます。

① 前奏、アンダンテ
  • (以下、各セクション冒頭の表記はオリジナルの楽譜表記になります)

まずは、チェルニーによるオリジナルの前奏部分が11小節あります。イ短調の憂鬱な雰囲気を持つこの前奏、Op. 200のこれまでのセクションでも登場した分散和音、半音階を効果的に使うこと、そして右手による小節度外視の(1小節に収まる音符を遥かに超えた音数を詰め込んだ)音型などが用いられた短いイントロダクションです。バスのラインだけ見ると、冒頭はAからAまでのオクターヴで下行し、そこからカデンツに入る構成になっており、その上で和音がフィギュレーションされています(今、この文章を書きながら「このスキーム、そのまま即興演奏の下地に使える…」と思いました)。

② バッハ、アレグロ・モデラート

次に登場するのは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの『平均律クラヴィーア曲集第二巻』より〈前奏曲とフーガ 変ロ短調 BWV891〉のフーガ部分です※注釈1。原曲から半音高く、イ短調に移調されています(話は戻りますが、①の前奏は、BWV891の前奏曲とモティーフ的に関連することはなく、チェルニー独自の前奏が付けられています。バッハの前奏曲と比較して聞いてみると時代と様式の違いが感じられて面白いです)。このフーガ部分は、バッハと比較すると

  • 冒頭の主題提示が一音ではなく3オクターヴの連続8度+フォルティッシモに(a)
  • 5小節からの対旋律も原曲の4分音符での進行ではなく16分音符に(b)
  • 主題の3小節目を鏡像にしたような音型を8小節に登場させ(バッハの原曲のフーガでは後半部分に登場するマテリアル)、以後主要な音型として用いる(c)
  • 推移部などをカットし、主題をストレッタ風に乱れ打ちするスタイル(d)
  • 後半部分は独自のパッセージ展開(e)

など、原曲通りのアレンジではないチェルニーの工夫が随所に見られます。

③ ヘンデル、アンダンティーノ

続いては、ヘンデル《組曲 第5番 ホ長調》より、「調子の良い鍛冶屋」の愛称で親しまれている〈エアと変奏曲〉が登場します※注釈2。原曲も変奏曲ですが、チェルニーのポプリでは、

  • 主題提示からちょっと和声がおしゃれに(f)
  • 「brillante」と書かれているセクションからヘンデルもびっくり!な右手による猛烈なパッセージが展開(g)
  • 後半にまたバッハのフーガの主題が顔を覗かせる(h)
  • 独自の推移部を持つ(i)

など、ここでも原曲から自由にアレンジしている様が見て取れます。

④ グルック、メノ・アレグロ・マ・コン・アジタツィオーネ

グルックの何らかの作品に基づく、とされていますが、現段階でこの原曲は特定されていないそうです。有識者の情報を求む…というところです。

⑤ ハイドン、アンダンテ

前半はハイドンの《弦楽四重奏曲第82番 Op. 77-2》より第三楽章※注釈3が(j)、後半は《交響曲第99番変ホ長調 Hob. I:99》より第一楽章の終盤※注釈4が登場します(k)。次のセクションの直前には、再びバッハのフーガと次のモーツァルトが出てきます(l)。

⑥ モーツァルト、アレグロ・コン・アニマ

次に登場するのは、歌劇《フィガロの結婚》より アリア〈もう飛ぶまいぞ、この蝶々〉※注釈5です。ここでも、1. 最初は割と原曲通りの譜面から始まり(m)、2. 和音の構造だけを残して華やかなアルペッジョを加えるセクション(n)、3. 歌のパートを左手に置いて右手を豪華なパッセージ+途中で短調など様々に転調するセクション(o)、など、非常に派手なアレンジが加えられています。

ちなみに、この曲はやはり当時から大人気の楽曲だったようで、この曲を素材としたトランスクリプションはものすごく数が多いです——チェルニー本人も4手版を残しているほか(Op. 461)※注釈6、フェルディナンド・リース、フンメル、ヨハン・ペーター・ピクシス、カミーユ・マリー・スタマティによるピアノ・トランスクリプション、レオポルド・ヤンサによるヴァイオンとピアノ版、ソフィー・ルシール・ラルマンド=デ・アルグスによるハープ版、フェルディナンド・カルッリによるギター版、そしてパガニーニによるヴァイオリンとオーケストラ版など、様々なトランスクリプション、変奏曲やポプリが残されています。

⑦ ケルビーニ、アレグレット・グラツィオーゾ

④のグルックと同じく、こちらもケルビーニの何の曲か、出典は現時点では不明だそうです。こちらは、その出典不明の楽曲に前のモーツァルトのアリアの旋律が上手に組み合わされて登場するのが特徴です(p)。

⑧ ベートーヴェン、プレスト

長大なポプリの最後を飾るのは、ベートーヴェンの《フィデリオ序曲 Op. 72》です。ちなみに、フィデリオの序曲は上演のたびに書き換えられて現在4種類が残されていますが、これはその内の最後のもので、現在最もよくオペラの序曲として演奏されているものです。これも自由なアレンジなされており、1冒頭は序曲のクライマックス部分から引用され(q)、その後で改めてホルンによって提示される主題が登場します(r)。これまでの凝りに凝ったアレンジのフィナーレにしては、潔い幕引きとなります。

私は昔よりこういう「インストアレンジ」が無類の大好物で、大学院時代は16世紀の多声音楽の器楽編曲作品をひたすら掘った研究をしていたりしていたので、こういった当時のヒットチューンのメドレーのようなものは見ていると本当に楽しいです。そして19世紀(特に前半)はこういう編曲作品の宝庫で、そしてそのほとんどが未だ埋もれて演奏機会に恵まれていないという、未来への可能性しか感じないレパートリーに勝手に大興奮しています。先述のモーツァルトの〈もう飛ぶまいぞ、この蝶々〉のトランスクリプション「だけ」を集めて各演奏家たちの編曲ぶりを聴き比べる演奏会とか、ぜひやってみたいですね…。

再度の宣伝になりますが、本日取り上げたチェルニーの〈ポプリとしてのファンタジア〉を解説付き・抜粋でお届けする演奏会「即興から生まれる音楽」は今月(12月)24日です。次回のコラムでは、この演奏会のコンセプトと取り上げる楽曲についてご紹介したいと思います。

  • https://enc.piano.or.jp/musics/62223
    https://vmirror.imslp.org/files/imglnks/usimg/0/08/IMSLP02199-BWV0891.pdf
  • https://enc.piano.or.jp/musics/26100
    https://s9.imslp.org/files/imglnks/usimg/2/24/IMSLP397790-PMLP29686-Handel,_Georg_Friedrich-Werke_2_05_HWV_430_scan.pdf
  • https://vmirror.imslp.org/files/imglnks/usimg/6/66/IMSLP892436-PMLP61719-A50_(11).pdf
  • https://s9.imslp.org/files/imglnks/usimg/b/bc/IMSLP546549-PMLP07579-JHaydn_Symphony_No.99_fullscore_bh1855.pdf
  • https://ks15.imslp.org/files/imglnks/usimg/a/a1/IMSLP873093-PMLP3845-Ricordi_Le_nozze_di_Figaro.pdf
  • https://enc.piano.or.jp/musics/11734

執筆:菅沼起一
菅沼起一

京都市出身。東京藝術大学音楽学部古楽科(リコーダー)を経て、同大学院修士課程(音楽学)を修了。大学院アカンサス音楽賞受賞。同大学院博士課程在籍中、日本学術振興会特別研究員(DC1)を務める。バーゼル・スコラ・カントルム(スイス)音楽理論科を経て、フライブルク音楽大学(ドイツ)との共同博士課程を最高点(Summa cum laude)で修了し博士号を取得。スコラ・カントルムで記譜法の授業を担当するほか、ルドルフ・ルッツ指揮J. S. バッハ財団による演奏会シリーズに参加するなど、リコーダー演奏と音楽学研究の二足の草鞋を履いた活動を行なっている。2019~20年度ローム・ミュージックファンデーション奨学生。2021年度日本学術振興会育志賞受賞。2024年度より京都大学にて博士研究員(日本学術振興会特別研究員PD)、洗足学園音楽大学非常勤講師、ピティナ音楽研究所協力研究員。


イベントのご紹介
①公開録音コンサート

菅沼氏が企画し、自らリコーダーで演奏も行う公開録音コンサートを、12月24日(水)に東京・巣鴨にて行います。チェルニーの連載で取り上げている『ピアノで弾くファンタジーへの体系的手引き Op. 200』の中からの譜例・曲や、原曲とそれをもとにした曲を比較しながらの演奏など、「即興」や「作曲」について考えの深まる、興味深いプログラムを予定しております。ぜひ、お出かけくださいませ。

  • 日時:2025年12月24日(水)19:00開演 18:30開場
  • 会場:東音ホール(東京・巣鴨。JR山手線・都営三田線 巣鴨駅 南口徒歩1分)
  • 詳細・お申込み
菅沼起一
②セミナー

同日12/24(水)10:30より、菅沼氏とピアニストの黒田亜樹氏を講師に招いて、装飾・即興をテーマにしたセミナーを行います。
バッハの作品に取り組むときや、コンチェルトでカデンツァを入れるときなど、演奏・指導の中で、「装飾」や「即興的な要素」が求められる場面があります。自由に、そして音楽的に演奏するには、どのようにしたらよいでしょうか?「即興」と「装飾」を通じて、音楽をより自分のものとして、より楽しく向き合えるお手伝いができればと考えています。
※実地開催のセミナーです。同時配信はありません。後日、ピティナ・eラーニングでの配信を予定しております。

  • 日時:2025年12月24日(水)10:30-12:30
  • 会場:東音ホール(東京・巣鴨。JR山手線・都営三田線 巣鴨駅 南口徒歩1分)
  • 詳細・お申込み
黒田亜樹・菅沼起一
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