ピティナ音楽研究所

チェルニーに学ぶ!第19回 番外編~公開録音コンサートについて

チェルニーに学ぶ!古典・ロマン派時代のピアノ即興演奏
~創造の楽しさを日々の練習に~
第19回 番外編~2025年12月24日開催!第323回公開録音コンサート『即興から生まれる音楽:前奏曲、ファンタジー、ポプリと編曲』特集~
公開録音コンサートチラシ

みなさま。こんにちは。
今回は、今月24日に迫った公開録音コンサート『即興から生まれる音楽:前奏曲、ファンタジー、ポプリと編曲』についてご紹介していくエッセイです。

まず、タイトルの「即興から生まれる音楽」とは、どのようなものでしょうか? 西洋音楽には伝統的に「作曲される(=楽譜の上で作られる)音楽」と「即興される(=楽譜を用いずその場で作られる)音楽」という二分法が存在していました。ピアノ音楽に関係するところで言うと、作曲される音楽の代表格はまさにソナタというジャンルがそれに該当します。西洋音楽は、こうした楽譜の上で高度な様式をもって「労作される」音楽こそ自らのアイデンティティであると高く価値付けてきました。現在のピアノ学習と指導、ひいては日本の音楽教育が基本的に楽譜(西洋の五線譜)をベースとしており、西洋の大作曲家の名曲レパートリーを習得することに多くの時間を割くのは、こうした書かれた音楽こそ西洋音楽のレガシーである、という伝統的な考え方によるものです。

その価値観の中で、より低く位置付けられ、歴史に埋もれた作品が山ほど眠るのが、今回取り上げるより即興的(かつ娯楽的)な音楽レパートリーです。しかし、先ほど「伝統的」という言葉を用いましたが、西洋音楽のタイムライン上で話をするならばより即興的なレパートリーはむしろ作曲されるレパートリーよりも古くから存在していた、ということは申し添えておくべきでしょう。

その辺りのお話はこちらをご参照ください。

このプログラムは、本エッセイでもずっと取り上げ続けているチェルニーの即興演奏の手引書『ピアノで弾くファンタジーへの体系的手引き Op. 200』を基礎としています。チェルニーは手引書の中で、即興演奏で用いられる音楽ジャンルを下記のようにリストアップしています:

  • 前奏曲
  • ファンタジア
  • ポプリ
  • 変奏曲
  • ファンタジア(より対位法的な)
  • カプリッチョ

この中から、いろいろなジャンルを取り上げてプログラムを構成しました。

まず、チェルニーが第一のジャンルとする「前奏曲」です。本演奏会ではレクチャー形式で進行し、チェルニーの手引書の中に掲載されている短い前奏曲の譜例や、筆者の演奏楽器であるリコーダーのレパートリーにおける前奏曲をご紹介しつつ、前奏曲というジャンルが伝統的に担ってきた役割についてお話します。

それだけではなく、演奏会では実際に演奏する曲目の前に、チェルニー『前奏曲とカデンツの形式による48の練習曲 Op. 161』より取られた短い前奏曲と、そして当時の様式を模した自作の前奏曲を付けて演奏します。

続いて、ファンタジア、ポプリ、変奏曲などのジャンルです。

本演奏会の目玉の一つとなるのが、『ピアノで弾くファンタジーへの体系的手引き』に書かれた〈ポプリとしてのファンタジア〉です。これは、バッハ、ヘンデル、グルック、ハイドン、モーツァルト、ケルビーニ、ベートーヴェンなどの作曲家の曲を(現代風に言うと)REMIXした長大なファンタジアです。演奏会では、特にバッハとモーツァルトの「元ネタ」をポプリに混ぜ込みながら演奏してみます。

楽曲の紹介と分析についてはこちらをご参照ください。

変奏曲でまず取り上げるのは、イギリス国歌〈ゴッド・セイブ・ザ・キング〉による2人の作曲家——ベートーヴェンとイタリアの作曲家・ギタリストであるフェルディナンド・カルッリ(1770−1841)による作品をさらにREMIXしてお届けします(カルッリの作品は〈ファンタジア〉と題されています。加えて、ベートーヴェンの民謡変奏も、原曲の民謡と合わせてお届けします。

ベートーヴェンの民謡編曲についてはこちらをご参照ください(外部サイト:ONTOMO)。

こうした即興的な音楽ジャンルにおいては、当時の聴衆たちによく知られたいわゆる「スタンダード・ナンバー」を元ネタにしたものが数多く残されています。その中には交響曲やや弦楽四重奏などの(純粋)器楽曲もありますが、より多いのは何と言っても歌曲やオペラ・アリアでしょう。声楽曲を楽器で演奏する、いわば「インストアレンジ」もまた即興演奏の重要な一角を占めていました。そもそも、器楽(曲)の歴史を紐解くと、その前半部分(13世紀〜17世紀まで)に残されたものの大多数はそうしたインストアレンジでした。楽器のプレーヤーたちが伝統的に歌の曲を演奏してきた、という西洋音楽の歴史の中で「この楽器は最も人の声に近い(=故に優れている)」という現代でもよく見かける楽器の売り文句なども登場します。そこから、「器楽による器楽のための器楽曲」としての形式、ジャンル、イディオムが生まれ、器楽曲が声楽曲から「独立」したことで、前述のソナタなどの純粋器楽曲を高く価値づける歴史観が生まれます。その歴史観の中で、19世紀に残された声楽曲のピアノ編曲は、まだまだ演奏されていたいものが本当にたくさんあるのです。

演奏会では、タールベルクが残した曲集『ピアノに応用された歌の技法 Op.70』より、シューベルトの歌曲集『美しき水車小屋の娘』より〈水車屋と小川〉、そしてベートーヴェン〈アデライーデ〉の編曲作品を(もちろん「前奏曲」+「原曲の歌曲」+「タールベルクのピアノ編曲」というセットで!)取り上げます。

以上です!この演奏会では、即興(性)をテーマに、19世紀初頭のピアノ演奏の世界を切り取ってみよう、歴史に埋もれがちな音楽に光を当てよう、というコンセプトでキュレーションしました。ぜひお越しください。


執筆:菅沼起一
菅沼起一

京都市出身。東京藝術大学音楽学部古楽科(リコーダー)を経て、同大学院修士課程(音楽学)を修了。大学院アカンサス音楽賞受賞。同大学院博士課程在籍中、日本学術振興会特別研究員(DC1)を務める。バーゼル・スコラ・カントルム(スイス)音楽理論科を経て、フライブルク音楽大学(ドイツ)との共同博士課程を最高点(Summa cum laude)で修了し博士号を取得。スコラ・カントルムで記譜法の授業を担当するほか、ルドルフ・ルッツ指揮J. S. バッハ財団による演奏会シリーズに参加するなど、リコーダー演奏と音楽学研究の二足の草鞋を履いた活動を行なっている。2019~20年度ローム・ミュージックファンデーション奨学生。2021年度日本学術振興会育志賞受賞。2024年度より京都大学にて博士研究員(日本学術振興会特別研究員PD)、洗足学園音楽大学非常勤講師、ピティナ音楽研究所協力研究員。


イベントのご紹介
①公開録音コンサート(当記事で紹介)

菅沼氏が企画し、自らリコーダーで演奏も行う公開録音コンサートを、12月24日(水)に東京・巣鴨にて行います。チェルニーの連載で取り上げている『ピアノで弾くファンタジーへの体系的手引き Op. 200』の中からの譜例・曲や、原曲とそれをもとにした曲を比較しながらの演奏など、「即興」や「作曲」について考えの深まる、興味深いプログラムを予定しております。ぜひ、お出かけくださいませ。

  • 日時:2025年12月24日(水)19:00開演 18:30開場
  • 会場:東音ホール(東京・巣鴨。JR山手線・都営三田線 巣鴨駅 南口徒歩1分)
  • 詳細・お申込み
菅沼起一
②セミナー

同日12/24(水)10:30より、菅沼氏とピアニストの黒田亜樹氏を講師に招いて、装飾・即興をテーマにしたセミナーを行います。
バッハの作品に取り組むときや、コンチェルトでカデンツァを入れるときなど、演奏・指導の中で、「装飾」や「即興的な要素」が求められる場面があります。自由に、そして音楽的に演奏するには、どのようにしたらよいでしょうか?「即興」と「装飾」を通じて、音楽をより自分のものとして、より楽しく向き合えるお手伝いができればと考えています。
※実地開催のセミナーです。同時配信はありません。後日、ピティナ・eラーニングでの配信を予定しております。

  • 日時:2025年12月24日(水)10:30-12:30
  • 会場:東音ホール(東京・巣鴨。JR山手線・都営三田線 巣鴨駅 南口徒歩1分)
  • 詳細・お申込み
黒田亜樹・菅沼起一
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