チェルニーに学ぶ!第17回『第六章:ポプリについて』(Op. 200⑫)
~創造の楽しさを日々の練習に~
みなさま。こんにちは。
秋を楽しんでいたら、順調に寒さは厳しくなり、紅葉は深まり、日も短くなりましたね。
さて、今回もチェルニーのピアノ教則本『ピアノで弾くファンタジーへの体系的手引き Systematische Anleitung zum Fantasieren auf dem Pianoforte Op.200』(n.d. [1829])の続きを読んでゆきたいと思います。今回は第六章全体を見てゆきます。
多くの観衆の前でのファンタジーの(即興の)演奏、例えば劇場での場合について言えば、これまで論じてきた最初の二つの様式は必ずしも適切ではなく、演奏者に二つの困難をもたらす。第一に、公の場で演奏することで自然と生じる気まずさ、特に聴衆を退屈させてしまうという奏者にとって不都合な恐怖は、芸術家の思慮深さ、創造性、インスピレーション、そして気分の高揚に悪影響を及ぼす可能性がある。第二に、非常に多様な聴衆を相手にする場合、圧倒的多数は馴染み深く聞きやすいモティーフによってのみ楽しみ、刺激的で華やかな演奏によってのみハラハラするだろう。
こうした状況下では、まさにポプリ、すなわち既に聴衆の愛好曲となっている主題を巧みに、そして興味を引くように組み合わせたものは、まさにふさわしい存在である。
すでに前述のジャンルに精通した演奏者は、この様式においても確かな芸術性を発揮し、それゆえに(聴衆の)興味を倍ほど引き出すことができる。歌詞が広く知られた歌の旋律は、巧みな組み合わせによって優美かつ意味深いものへと昇華され得る。予期せぬ新しいテーマの登場は、衰えかけた注意力を再び呼び覚ます。視覚における新たなイメージの絶え間ない変化のように、この種の即興演奏は、他のあらゆる芸術的表現では失敗し退屈なものとなる長さにまで引き延ばすことが可能である。そして最後に、この方法以外の即興では、芸術家が演奏の華麗さと洗練、優雅さをこれほどまでに強烈に表現することは決してできない。
これには、演奏者が(既に前述したように)オペラ、バレエ、民謡など、広く人気を博したあらゆる素材から選りすぐったお気に入りの主題や旋律を数多く集め、記憶に蓄えておくことが最も重要である。労作の技を活用する演奏者は、大衆の趣味が生み出した軽薄な作品や素朴きわまる民謡でさえ、より品のある側面を引き出すことができるのだ。
モティーフの組み合わせに関して、演奏者は洗練された趣味、調和の取れた組み合わせに対する正しいセンス、演奏を届ける聴衆への配慮、そして特に、聴衆が決して冷めることのないよう、新たな動機によって再びいかにすぐ注意を喚起すべきかを判断するという繊細な配慮によって導かねばならない。実際、こうした後者の資質は、膨大な経験と実践によってのみ授けられるものである。
次々に続く主題は、単調さを避けるため、可能な限り拍子とテンポを変化させねばならない。もし本当に美しい、あるいは非常に人気のある主題で始めるのが適切ならば、同様の主題を終わり近くにも用意し、それによって見事な結末へと導かねばならない。
緩やかなテンポは中間部で最も効果を発揮するが、終盤では最も不向きである。なぜなら、特に長いファンタジーの後では、熱狂的で華麗な結末が不可欠となるからだ。
各主題の労作においては、第四章で学んだ全てのカテゴリーが演奏者の意のままに用いられるが、その割合は限定的である。適切な主題を用いる場合、特に変奏曲(これについては次章で詳述する)は、幻想曲の中で大成功を収め得る最もやりがいのある形式の一つである。演奏者はここで芸術性と技巧を披露することができる。
経験豊富な演奏者であっても、指に主題が自然に流れ込むまま気まぐれや偶然に身を任せることもあるが、それでも公の場で即興演奏を行う前には、少なくともいくつかの楽想のみを心に留めておくことが懸命である。そうすることで、行き詰まりや陳腐さに陥ることを避けられるからだ。
演奏者が同時に演奏可能な二つ以上の主題を発見した場合、それは前述の(主題・動機)労作に従って各主題を個別に練り上げた後にのみ可能となるが(例えば右手で一つ、左手で一つ、など)、これは非常に興味深いニュアンスであり、時に非常に巧妙に表現されることもある。ただし、このような組み合わせのためには、演奏者は事前に様々な方法で長時間にわたり練習しなければならない。この技術を用いれば、時に最も無関係な楽句さえも融合させることが可能である。ここで例として、次のよく知られた行進曲(例45)を挙げる:

このテーマは様々な方法で活用できる
あるいは
こうした主題に対する数多くの試みは、最終的に新たな主題がカノンとして使えるかどうかを即座に認識する能力をもたらすであろう。
ここには同じ主題がモーツァルトのバッカス歌曲※注釈1と組み合わされて続く。



個々の音符は必要に応じて変更できる。


こうして各主題に対して無数の対位主題が見出される。なお、こうした組み合わせは稀に、かつ自然に生じた場合にのみ導入すべきである。通常、それらは硬く不自然に響くからである。
この即興演奏の分野には現在数多くのモデルが存在し、その中から1つだけ例を挙げると:
- (フェルディナンド・)リースのオペラ主題による数多くの幻想曲
- モシェレス、カルクブレンナー、(ヨハン・ペーター・)ピクシスによる同様の作品も多数
- フンメルのポプリ
私の作品:
- 《現代の様式によるファンタジア》(ウィーン、メケッティ刊、作品64)※注釈5
- 《白衣の貴婦人の主題による幻想曲》、2部作(ウィーン、ハスリンガー刊、作品131)
- (ハイドン、モーツァルトとベートーヴェンの3つの主題による)幻想曲(パリ、ショット刊、作品171)※注釈6
- 二台のピアノのための六手連弾の二曲のポプリ(ウィーン、アントニオ・ディアベリ、作品番号38および84)※注釈7
- モーツァルトあらゆる(8つの)オペラの主題による四手連弾のための幻想曲またはポプリ(『音楽に関するデカメロン第1集』四手連弾版、Op. 111、第7曲目、ライプツィヒ、プロブスト)※注釈8
その他同種の作品を多数。
以下の例では、私は自らに次の課題を設定した:J.S.バッハ、ヘンデル、グルック、ハイドン、モーツァルト、ケルビーニ、ベートーヴェンという各巨匠の動機を織り交ぜること。紙幅の都合上、必要な(主題・動機の)展開を尽くすことは叶わないが、この例はそれでもなお、特に上記の助言に従って自らさらなる労作を試みる学生にとって、おおよそのモデルとして役立つだろう。
ポプリとしてのファンタジア(例46:次回で分析します!)
- 注記:この例には、主題同士が近接しすぎないように曲を伸ばす必要がある箇所が他にも存在する。演奏者は曲全体の効果を把握する方法を理解していれば、こうした箇所を容易に見つけ出せるだろう。
第六章は以上です。
内容の面白さもさることながら、チェルニーが挙げている曲例が面白いものばかりで、いつも訳出をしながら「こんな面白い曲があるのか!」と思っています。オペラの主題を用いたポプリなど、現代でも歌手とピアニストのコンサートで是非取り上げて原曲のアリアを歌う⇨ピアノでポプリを弾く、みたいなプログラミングがもっと流行ると良いのでは、と思います。
今回は文章を中心に見てきましたが、次回は第六章の目玉商品であるチェルニーによるポプリの分析をしていきたいと思います!
- モーツァルトの歌劇《後宮からの誘拐》より、第14番の二重唱〈万歳、バッカス!バッカス、万歳! Vivat, Bachus! Bachus lebe!〉。
- イギリスの愛国歌:Wikipedia(以下、脚注リンクは全て最終閲覧:2025年11月10日)
- フランスでよく知られる民謡:マールボロは戦場に行った Wikipedia|ピアノ曲事典ページ
- ピアノ曲事典|imslp
- ピアノ曲事典
- ピアノ曲事典
- ピアノ曲事典|imslp
- ピアノ曲事典|imslp
- チェルニーに学ぶ!第17回『第六章:ポプリについて』(Op. 200⑫)(2025/12/02)
- チェルニーに学ぶ!第16回 夏休み特別番外編②(研究紹介)(2025/11/04)
- チェルニーに学ぶ!第15回 夏休み特別番外編①(研究紹介)(2025/10/27)
- チェルニーに学ぶ!第14回『第五章:複数主題によるファンタジアについて』(Op. 200⑪)(2025/08/28)
- チェルニーに学ぶ!第13回『第四章:即興演奏について③』(Op. 200⑩)(2025/08/11)
- チェルニーに学ぶ!第12回『第四章:即興演奏について②』(Op. 200⑨)(2025/07/03)
- チェルニーに学ぶ!第11回『第四章:即興演奏について①』(Op. 200⑧)(2025/07/03)
- チェルニーに学ぶ!第10回『カデンツァについて』(Op. 200⑦)(2025/06/13)
- チェルニーに学ぶ!第9回『TPOに合った、即興的な「前奏曲」』(Op. 200⑥)(2025/05/15)
- チェルニーに学ぶ!第8回『半音階と異名同音と即興の心構え』(Op. 200⑤)(2025/04/24)
- チェルニーに学ぶ!第7回『即興の例とエチュードの役割』(Op. 200④)(2025/02/10)
- チェルニーに学ぶ!第6回『前奏曲の役割と「技」』(Op. 200③)(2025/01/09)
- チェルニーに学ぶ!第5回『即興に必要な学びとは?』(Op. 200②)(2024/12/26)
- チェルニーに学ぶ!第4回『即興の定義』《ファンタジーへの手引き》Op. 200①(2024/12/26)
- チェルニーに学ぶ!第3回『即興演奏の伝統』~ファンタジア小史②(2024/11/14)
- チェルニーに学ぶ!第2回『ファンタジアとは?』~ファンタジア小史①(2024/08/29)
- チェルニーに学ぶ!第1回『はじめに』~筆者自己紹介&西洋における即興(2024/07/25)

京都市出身。東京藝術大学音楽学部古楽科(リコーダー)を経て、同大学院修士課程(音楽学)を修了。大学院アカンサス音楽賞受賞。同大学院博士課程在籍中、日本学術振興会特別研究員(DC1)を務める。バーゼル・スコラ・カントルム(スイス)音楽理論科を経て、フライブルク音楽大学(ドイツ)との共同博士課程を最高点(Summa cum laude)で修了し博士号を取得。スコラ・カントルムで記譜法の授業を担当するほか、ルドルフ・ルッツ指揮J. S. バッハ財団による演奏会シリーズに参加するなど、リコーダー演奏と音楽学研究の二足の草鞋を履いた活動を行なっている。2019~20年度ローム・ミュージックファンデーション奨学生。2021年度日本学術振興会育志賞受賞。2024年度より京都大学にて博士研究員(日本学術振興会特別研究員PD)、洗足学園音楽大学非常勤講師、ピティナ音楽研究所協力研究員。
菅沼氏が企画し、自らリコーダーで演奏も行う公開録音コンサートを、12月24日(水)に東京・巣鴨にて行います。チェルニーの連載で取り上げている『ピアノで弾くファンタジーへの体系的手引き Op. 200』の中からの譜例・曲や、原曲とそれをもとにした曲を比較しながらの演奏など、「即興」や「作曲」について考えの深まる、興味深いプログラムを予定しております。ぜひ、お出かけくださいませ。
- 日時:2025年12月24日(水)19:00開演 18:30開場
- 会場:東音ホール(東京・巣鴨。JR山手線・都営三田線 巣鴨駅 南口徒歩1分)
- 詳細・お申込み
同日12/24(水)10:30より、菅沼氏とピアニストの黒田亜樹氏を講師に招いて、装飾・即興をテーマにしたセミナーを行います。
バッハの作品に取り組むときや、コンチェルトでカデンツァを入れるときなど、演奏・指導の中で、「装飾」や「即興的な要素」が求められる場面があります。自由に、そして音楽的に演奏するには、どのようにしたらよいでしょうか?「即興」と「装飾」を通じて、音楽をより自分のものとして、より楽しく向き合えるお手伝いができればと考えています。
※実地開催のセミナーです。同時配信はありません。後日、ピティナ・eラーニングでの配信を予定しております。
- 日時:2025年12月24日(水)10:30-12:30
- 会場:東音ホール(東京・巣鴨。JR山手線・都営三田線 巣鴨駅 南口徒歩1分)
- 詳細・お申込み

復習ですが、最初の二つの様式とは「単一主題によるファンタジア」と「複数主題を組み合わせたファンタジア」でした。チェルニーは、これら二つのやり方は多くの聴衆の前では微妙…(必ずしも上手くいく訳ではない)と言っているのです。ここで短いながらも色々面白いことを言っているな、と思うのは、まず、演奏する際の「気まずさ」、すなわち、「お客が微妙な顔して聞いてたらどうしよう…」と心配しながら演奏することは即興演奏にとって良くない、ということです。どんな形であれ、即興パフォーマンスをしたことがある方は共感の嵐、という感じではないでしょうか?ただでさえ楽譜(あるいは既存の楽曲)ありきの演奏文化に慣れきっている人にとって、即興演奏はハードルが高いのに、それを人前でやってリアルタイムで聞いている方の微妙な顔を見ながら即興を続けなければならないシチュエーション、想像するだけで「何で生きてるんだろう…」という気持ちになりますよね。話を戻すと、もう一つの興味深い点は、聴衆がたくさんいると、そこには「色々な聴衆」がいるので、一つあるいは複数主題のファンタジアではその主題を知らない人がいる場合があったり、そもそも主題の即興的な展開というものに惹かれない人もいるかもしれない。ゆえに「誰しもが知っている旋律」を「派手に組み合わせた」ポプリがより相応しい、と言っていることです。今でも演奏会を依頼いただくときに(古楽のような、ただでさえマイナーなジャンルを専門としているにもかかわらず)「なるべくお客様が知っているような曲をプログラムに入れてほしい」と主催側にご注文いただくことが度々ありますが、演奏会、いつの時代でも、同じかな、という気持ちになります。